建築のまえに

Corb [コルブ] 一周遅れの建築と人の話

2017/09

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101231 大晦日

年越しそば は毎年食べていないと、何か忘れ物をしたような気持ちがします。

今年も年賀状が書き終わらなくも、おそばは食べに行きます。

古い民家をそのまま利用したそばやさんです。

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               来年も皆さんに幸せが訪れますように。

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100909又右エ門蔵

重陽の節句 と言う言葉にはピンときませんが、菊の節句と言えばむかし聞いたことが有るように思います。

9月9日は五節句のひとつで、最近は学校でもこの言葉を教えるのでしょうか、どんな漢字なのかと聞かれたことも有りました。

近頃は日本酒の世界もこの日に合わせて、寒い時期に作られて貯蔵されていた新酒を出荷前の火入れをせずに出荷する「ひやおろし」の解禁日にしているところも有るようです。

まるでボジョレーヌーボーのお祭りのようですが、美味しい日本酒を皆さんに知ってもらう良い機会かもしれませんね。

私が飲んだ「ひやおろし」で忘れられないのは、又右エ門蔵と言う秋田の酒で2000年4月11日の上槽ですからまだそれほど熟成していなかったのでしょう、AK-3酵母を使用しているのですが、酸度は1.9と少し高めで、アルコール度数も少々高かったかと思います。

少し荒々しさのある日本酒ですが、きれいな酒だけではなく、人と同じように個性のあるものも又良いかなと考えますが、この酒を買った酒屋さんにそのことを言ったら、「へー、こういうお酒が好きなんですか」と言われました。

どういう意味だったのでしょうか。

近頃は酒造技術も発達し設備も良くなっているので、一定以上のレベルのお酒を造ることは、昔にくらべればそれほど難しくないことでしょうが、それがかえって一歩間違えば、個性の少ない小さくまとまった日本酒を造り出すことになりかねません。

そこから抜け出すには、より技術を磨いて上へ突き抜けるか、日本酒の考え方を再定義して横に突き抜けるかのどちらかでしょう。

間違っても下に突き抜けることがないようにお願いします。

台風も過ぎ、もう少しすれば秋らしいさわやかな季節がやって来るので、多くの蔵から「ひやおろし」が出ていますので、どれが美味しいか飲み比べてみるのも良いのではないでしょうか。


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100805御神輿は見るもの、担ぐもの

日本では 今は暑さの盛りですが、それは夏祭りの盛りでもあります。

家の近所の杉林に囲まれた狭い境内の神社でも祭りが行われ、子供と大人の御神輿が繰り出しました。

はじめは見ているだけの御神輿もいざ担いでみると、傍で見ているのとは大違いで、担ぐことのむずかしさを肩で身にしみ、数日経った今でもまだ体の痛みが抜けません。

この辺は昔から農家と畑が多く、そこに宅地開発がおこなわれて造られた町ですから、昔からの人と新しい人が混ざり合っています。

むかしからの人たちは、高齢の人も多く御神輿を担ぐのは遠慮しますし、新しい人たちも神社の氏子という意識がないためか、なかなか参加をしてくれないため、どうしても地域との関わりの少ない人たちの助けが頼りになってしまうのも、しかたのないことかもしれません。

      コピー ~ KC3O0011

こんなところにも地域のつながりが少なくなっていることを感じます。

日本には昔からヨーロッパのような広場が無く、かわりに道が人々が出会う広場の役割をしていたと言われていますが、多くの人たちが一度に集まって顔を見ることが出来る、ちょっとした広場が町の中に公共の場としてあっても良いのではないかと思います。

特に、地方の活力の無くなりつつある町ではね。


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100629上棟祝い

日本酒造り は、昔は冬の期間だけの仕事で、農閑期の人手の雇用にも役だっていましたが、今ではどこの酒造会社でも「四季造り」といって一年を通じて造られるようになりました。

近頃では、人手間を出来るだけかけずに、なおかつ人間の経験や勘に頼らない酒づくりが主流になっていますが、一部の酒蔵では、いまだに「生もと造り」と言って、蒸し米と麹に水を加えて何時間もすりつぶす、山卸しという作業により酒母を造っているところもあります。

「生もと造り」という酒造方法は、山卸し以外にも長い日数と工程がかかりますが、自然の力で酵母と乳酸を育てますので、苦労は多いですが、できあがりは、腰があり、飲み応えのある酒になります。

それによって出来た日本酒は皆個性があり、茨城県の「郷の誉生もと純米吟醸」などは、高級な白ワインのようですが、なかなか手にいれることも出来ず、今回は生もと造りの代表銘柄、福島県の「大七純米生もと」を上棟祝いの酒に選びました。

多くの工程から造られる、建築には、手間のかかる「生もと造り」の日本酒がふさわしいと考えて、選んだものです。

日曜日に行われた上棟式は、御施主様にとってもいろいろと気苦労の多いことだったでしょうが、物事を祝って記憶にとどめ、お互いに感謝の気持ちを表す、大切な行事ですから、出来るのであれば行いたいですね。

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100618常世神社

鉢木「はちのき」 と言う演目が御能にあり、観阿弥・世阿弥の作とも伝えられる一曲で、古典芸能に興味の無い人でもこの物語の話は、知っている人も多いかと思います。

いろいろな説はありますが、この話の舞台が身近なところであったことを知ったのは、恥ずかしくも最近になってからで、あらすじをおさらいすると、一族の横領により落ちぶれた、貧しい御家人の佐野源左衛門常世のところに、大雪のため先を急ぐことも出来ず、夕暮れて困り果てた旅の僧が、一夜の宿を御貸し候えとやってきました。

一度は断るものの、今のくらしも前世の戒行拙きゆゑなりと思い、泊めることにし、その旅僧を呼び戻しました。

常世は客人に自分の身の上の話をし、夜も更けて次第に寒くなっても薪さえないことを恥ずかしながらと言って、今まで大事にしてきた盆栽の、梅、桜、松の三本を焚いてもてなし、落ちぶれてはいても鎌倉に一大事があれば、一番に馳せ参じ、合戦になれば命をかけて戦うつもりであると語りました。

翌朝に名残を惜しんで僧を見送る常世でしたが、しばらくすると鎌倉で関八州の軍勢の招集があったと知らされたため、勇んで痩せ馬にまたがり駆けつけました。

諸国の軍勢がそろったところで、千切れた具足、錆びた薙刀、痩せた馬の武者を召し出せと命じられた家来が、その姿から迷わず常世を見つけ出し、はやく前へでるように促されるがままに御前に出ると、雪の日に出会った僧こそ鎌倉幕府執権の北条時頼であり、言葉に偽りがなかったことを褒め、恩賞として元の領地を回復し、その上三本の鉢木にちなんだ名前をもつ三ヵ所をあらたに安堵されたというお話でした。

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「いざ、鎌倉」という言葉も、この話から生まれたといわれ、戦前の教科書に載っていたということで、軍国教育とも結びつけて考えられますが、戦後の世の中になっても北条時頼や、水戸光圀ら為政者のお忍び視察に限らず、古くはスサノオノミコトから、近くは山下清さんまで、廻国説話や、まれびとの話は、慎ましい生活していた日本人の信仰や死生観の大きな部分を占めていて、琴線に触れるものがあったのかと思います。

そういえば主人公の常世(ツネヨ)という字は、常世(トコヨ)とも読み、死者の国を表し、そこからやって来る「まれびと」が人々を祝福してくれると考える、民族学者の折口信夫さんの考えと主客は異なりますが符合しますね。

常世の墓は栃木県の佐野市にあり、高崎市佐野は領地を追われて後に住んだところだそうで、この神社は後世にだれかによって造られたものなのでしょう。

考えてみれば神社というものは、造ろうと思えば簡単に出来るものかとも思いましたが、今まちなかにある神社も大きな神社からの勧請で出来たものも多くあり、江戸時代にはそれを仲介する業者もいたと聞きましたから、今で言えばフランチャイズで造られたようなものでしょう、別に不思議ではないかもしれません。

日本人は古くからの神話に出てくる神様以外にも、民族信仰の神様や、人神、現人神、アイヌや琉球の神様、新興宗教の神様、外国人の神様などそれこそ多様な神様を祀り、その数も町や村の辻々にあって、それこそ八百万です。

そして、昔からさまざまな異なる文化を自分たちに差し障りのないかたちに変化させて、暮らしの一部として、自然なかたちに同化させてきた長い歴史がありますが、いまの時代の人たちには、その寛容な心と暮らしの知恵があるのかと、心配でなりません。



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100503 御天狗様のいる山

迦葉山龍華院弥勒護国寺
は、「かしょうざんりゅうげいんみろくごこくじ」と読みます。

五月の連休を利用して、高尾山薬王院、鞍馬寺と共に「日本三大天狗」のひとつに数えられる迦葉山へご祈祷をうけに行ってきました。

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前回借りた天狗の面を持ち、途中の店であらたにお供えをするお面と、供え物の御神酒を買って寺まで一方通行の山道を上って行きました。

ご祈祷の受付をすませてから拝殿に入ると先が見えないほど高く造られた内陣では、3、4人の僧侶が座り、すでに読経が始まっていて、折りたたまれた教典を、上から下へぱらぱらと落とすようにめくったり、扇の形に勢いよく開いたりして、あたかも何万編もの有り難いお経を読んでいるようでした。

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ここの内陣は裏山の地形を利用して数メートルの高さの階段状になっていて、下から見上げても暗くて奥がよく見えませんが、十年に一度の大開帳の時には、一般の人も階段を上って奥の院までお参りをすることが出来ます。

時折ドドーン、ドドーンとならされる太鼓の音で床も震え、暗闇の中から聞こえる読経と、手前で繰り広げられるパフォーマンスは、まるで音楽のライブをみているような非日常的な光景で、世界中にみられる宗教と音楽の密接な関係を感じました。

読経の最後に、ご祈祷に来た人たちの名前を読み上げ終わると、最上段に居た僧侶が身の丈ほどの高さの台の上に立って、祈祷を受けた人たちを見下ろしながら、善男善女の無事と、帰路の安全を願う言葉を言って祈祷が終わります。

日本のシャーマニズムや山岳信仰、神道に興味のある方は1980年代前半に英国民族学会長をつとめ、惜しくも去年85歳でなくなられた、カーメン・ブラッカー女史の「あずさ弓(Catalpa Bow)」とうい岩波書店から昔でた本が参考になるだろうから、ぜひご一読をおすすめします。

帰りは精進落としで、なめこセンターで無料のなめこ汁をのんで、おみやげを買い、少し時期は遅いが発地のヒガンザクラを見て帰りました。

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100404 蔵座敷

地方によっては 蔵というものを、災害や気候変化などから貴重な物品を守り、貯蔵する目的以外に特別な用途として発展をさせたところがあります。

川越、喜多方のように有名ではありませんが、山形県の河北町もそれを蔵座敷として生活空間として生かしてきた長い歴史をもっています。

特殊な工法によって造られる七寸以上の厚さの土壁は比熱が高く、暖まり難く冷めにくい良好な収蔵空間であり、また居住空間でもあるため、先日紹介したおひな様が飾られた蔵座敷以外にも、料理店として利用されたりもします。

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外見は質素ですが、内部は金箔を貼るなど贅を尽くした建物で、この蔵が造られた当初は、殿様の座敷と、通路、そして家臣の控えの三部屋に分かれていたようです。

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縁があってこの町に来たはじめの頃に紹介された蔵座敷は、山の麓の集落の中にある質素な入り口の家でしたが、案内された蔵座敷の中には芭蕉の掛け軸として伝わる貴重な品々などがあり、旦那衆と呼ばれる人たちの敗戦後の農地改革以前の、豊かな暮らしぶりがうかがえる歴史の収蔵庫でした。

その蔵も今では、蔵造りの後継者がほとんどいないため、修理すら出来ないのが今の日本の「文化」の現状であり、近頃の建築に関わる新法は、有能な職人を建築の外へ外へと追いやっているようです。

とまれ、今回は法事のための訪れのため念仏十返南無阿弥陀仏。

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100403 谷地ひな祭り

山形県の河北町 では、4月2、3日に月遅れのひな祭りが有り、町役場の近くの通りには多くの露天商が出る市もひらかれて、大いに賑わっていました。

その、ひな市通りと呼ばれる道沿いに、昔から家に代々伝わる、おひな様を一般の人たちに公開する家が何軒かあり、そのうちのひとつを訪ねてみました。

おひな様は、蔵座敷に飾られています。
河北町には蔵座敷が多く残っていて、 生活に使われています。また店に改装されたものもあります。

江戸時代の河北町の谷地は、最上川舟運による紅花の集積地として経済的に栄え、特に旦那衆と呼ばれる人たちは、北前船の帰り荷として、入ってきた都の文物を生活の中に取り入れて豊かな文化をこの町に残しました。

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今では、ひな市通りの周辺の、特に立派なおひな様の展示だけになってしまいましたが、少し前までは、普通の家でもおひな様を見せてくれました。

「おひな様みしぇてけらっしゃい」

と子供達は言って近所の家々を廻り、それををむかえる家では、ご褒美にお菓子をくれました。子供はおひな様が好きですが、お菓子はもっと大好きで、もらったお菓子の多さを競った子供もいたそうです。

コピー ~ IMG_2749

時代が変わっても、形を変えながら貴重なおひな様を見ることが出来る、このひな祭りが、後々まで続くことを願っています。



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